明石の自然と歴史を学び、天文科学館を見学する
 UP 2007.10.1 HRY
■日時:2007.9.21(金) 10:00〜15:00
■天気:晴れ時々曇り 気温:25〜28℃ (湿度高く、むし暑い)
■集合場所:JR明石駅
■見学施設:明石城と明石公園および明石天文科学館
■ガイド:「ぶらり子午線観光ガイド」4名
■参加者:環境科 33名

                

明石城と明石公園―

4人の「ぶらり子午線観光ガイド」(明石市のボランティア)の親切、丁寧なご案内で明石公園の史跡めぐりに出発 ! 

見学ルート
     @中部幾次郎翁銅像(大洋漁業の創業者〜明石の水産、産業に貢献)
     A太鼓門ときうち太鼓(築城〜明治維新まで時を告げた。現在はロボット
     B宮本武蔵の庭園(明石の町づくりに貢献。作庭、御茶屋なども普請した)
     C本丸(巽櫓.人丸塚.天守台.乾櫓などで構築されている)〜桜堀(桜の名所)〜薬研堀(V字型の池で落ちたら上らない)
     D石垣(石材は花崗岩、一部高砂竜山石、三木城、高砂城の石垣を利用) 
明石公園の歴史と景観
明治31年宮内省の御料地に指定される。六甲山系の西端に当たり、江戸時代までは現在の明石駅近辺は湿地帯であったようです。公園北部に大池があり数1000本の桜が植えられ、全国桜の名勝100選に指定されている。なお一部に原生林が残存しており、昔の面影が伺える。
また戦時中は空爆で公園の樹木(ヤマモモ、アラカシ、クヌギ,ケヤキ、ウバメカシなど)がかなり損傷を受けた跡が目についた。本丸の横に、最近,展望台が築かれて,明石海峡、明石市内、播州平野の一部、淡路島などが一望できる景勝地となっている。

太鼓門

武蔵の庭

巽櫓

太鼓門の刻しらしをり秋高し     二三弥

明石城の歴史
元和3年(1617年),小笠原忠真が信州の松本より明石に国替えとなり、現在の明石城より南西約1km程の所にあった船上城に入ったところから明石藩が生まれた。現在の明石城は元和4年(1618年),徳川二代将軍秀忠が、西国諸藩に対する防衛のために藩主忠真に新城の築城を命じたことに始まる。幕府は普請費用として銀一千貫目(時価約31億円)を与えたと云われている。

石垣

剛の池

薬研堀
広大な石垣、土塁の工事は8ヶ月という超短期で完了させ、櫓,御殿,城門,塀などの用材は廃城となった伏見城、三木城などの資材を用いたとされている。なお築城当時の明石城は本丸に御殿を築き、四隅に三重の櫓を配したが天守閣は建てられていない。

巽櫓(たつみやぐら)と坤櫓(ひつじさるやぐら)を背景に

秋空に白亜の櫓聳え立つ    二三弥


―明石天文科学館―

東経135度、日本標準時子午線の真上に位置し高さ54mの塔と大時計は明石の象徴である。昭和35年6月10日、時の記念日に開館した。特に現在、過去、未来の星座を本物そっくりに映り出すプラネタリュウムの投影は頭上の円形ドーム一杯に見事な星座が現れ目を見張るものがあった。

天文科学館

プラネタリウム

秋の夜空

プラネタリュウム秋の夜空を円天井に     二三弥

ただ、昼食後の満腹感と午前中の観察会の疲労が一気に噴出し、夜の雰囲気と心地よいエアコンの「そよ風」により眠気を催し、方々から鼾(いびき)が漂っていました。(本心はやはり眠たかった!)

明石海峡大橋を眼下に望む
また16階の展望台からみる明石海峡は淡路島、明石大橋が一望できるすばらしい景色が広がっていた。15:00に現地解散となった。
文:古川さん、写真:小林さん、俳句:鈴木さん、から提供いただきました。
企画担当:古川 浩

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