2007.1.14 HRY
近畿大学水産研究所


日時:2007.1.12(金)
■場所:近畿大学水産研究所 白浜実験場(和歌山県白浜町)
■参加:28名
■行程:貸切りバス
大阪0735→みなべIC→白浜 近大水産研(1015〜1200)→南方熊楠記念館(1220〜1325)→闘鶏神社(1400〜1425)→みなべIC→大阪1700

近畿大学水産研究所 白浜実験場

23年養成のクロマグロ
近畿大学水産研究所(*)では、網いけす養殖法の開発や野生の海水魚を飼い馴らして養殖種に改良し、産卵親魚を養成するなど、日本の養殖業発展の礎となった多くの業績をあげています。世界ではじめて卵のふ化による「種苗生産」を達成した魚種は、ヒラメ、ヘダイ、イシダイ、ブリ、クロマグロなど16種に及んでいます。また同時に人工ふ化による完全養殖魚種の人工交雑による「品種改良(選抜育種、交雑育種、バイオテクノロジーの適用)」の研究をすすめ、より高い経済効果を上げています。
(*昭和23年設立。現在、白浜、すさみ、大島、浦神、新宮、中辺路、富山、奄美に実験場を持つ。)

研究所本館

村田副所長から沿革、養殖について講義

第一養魚場、9個の水門で外洋と繋がる

各種養殖魚の展示室

稚魚を沖合いの生簀へ積み出し

網生簀で出荷待ちのクエ、マダイ、フグ等


南方熊楠記念館

和歌山県が生んだ博物学・民俗学の巨星「南方熊楠(みなかた くまぐす)」。日本に「ミナカタ」ありと世界を驚かせた熊楠の、文献・標本類・遺品が保存・展示されている。生年 1867年4月15日〜1941年12月29日

ヤシ等亜熱帯系の植物も見られる館内

本館入口

ビデオのあと、2Fの展示室を見学
幼い時から驚くべき記憶力の持ち主で、10歳の頃「和漢三才図会」(105巻)を読破・転写。19才の時に渡米、粘菌の魅力にとりつかれ、その研究に没頭、サーカス団に入ってキューバに渡るなど苦学しながら渡英。その抜群の語学カと博識で大英博物館の東洋関係文物の整理を依頼される。一方、科学雑誌「ネイチャー」に数多くの論文を発表。また、孫文と知り合い意気投合、以後親交を結ぶ。

33才で帰国、紀州は田辺に居を構えると精力的に粘菌の研究に打ち込み、その採集のため熊野の山に分け入り、数々の新種を発見。 一切のアカデミズムに背をむけての独創的な学問と天衣無縫で豪放轟落な言動は奇人呼ばわりされたが実はやさしい含羞の人であり、自然保護運動に命をかけて闘いぬいた巨人であった。(記念館のページから転載)

「雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠思ふ」 1962年(昭和37年)、南紀行幸の折の昭和天皇のお歌。


闘鶏(とうけい)神社
帰路、南方熊楠ゆかりの闘鶏神社に立ち寄り(熊楠夫人は当神社の宮司の娘)、ボランティアの案内で境内を巡る。419年創建、熊野権現をこの地に勧請。1147年天照皇大神以下十一神を勧請し、新熊野権現とする。義経の産湯に使ったとされる釜が保存されている。

イザナミノミコトを祀る本殿

樹齢100年を越えるクスノキ(歯の病に霊験あらたか)
*名前の由来:源平合戦で、どちらに味方するか赤鶏(平家)と白鶏(源氏)を闘わせた結果、白鶏が勝利して源氏に味方したという故事による。
企画担当 田中 晃

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