藤原京の歴史景観を歩く
 2006.10.17 HRY
 ■日時:2006.10.13(金) 晴れ
 ■場所:奈良・橿原市 近鉄畝傍御陵駅下車 歩15分
 ■参加者:31名
 ■ルート:近鉄畝傍御陵前駅―本薬師寺―鷺栖神社―藤原宮都城跡(昼食休憩)―
  奈良文財研究所・藤原京発掘調査部(見学、説明)―香具山越え―万葉の森公園(自由散策)近鉄耳成駅

藤原京時代と言えば、誰もが持統天皇の歌や白鳳文化のことを思い出したりするが、飛鳥京や平城京などに比べれば、その都蹟を訪れる人はきわめて少ない。しかし、近鉄畝傍山御陵前から街中を抜けると、すぐに見落としてしまいそうな古寺・本薬師寺に出合い、これが西ノ京・薬師寺のルーツかと驚かされる。また飛鳥川手前を左折していくと、土手下に「藤原京論争」ゆかり鷺栖神社がひっそりと建っている。さらに20分ほど歩いたところがびょうびょうと広がった藤原京の宮殿跡である。東に香具山、西に畝傍山、北に耳成山が青々と取り囲み、その自然景観こそ白鳳文化の美といえる。しかし眼前の宮殿跡には青草が果てしなく広がる空間だけで何もない。環境科山崎さんのお話を伺いながら、藤原京跡を歩きました。

畝傍山、耳成山、香具山に囲まれた藤原京跡(甘樫丘から)



ホテイアオイの群生の中を行く(本薬師寺あたり)

ホテイアオイ

鷺栖神社で、山崎講師


ただただ広い原っぱの藤原宮跡地
平城京の発掘は奈良文化財研究所が本格的に乗り出した1970年代と意外に歴史が新しく、まだ遺跡全体の2割程度といわれている。しかしその広さは過去の定説を覆し4倍の規模に拡大、東西5.1km南北4.7kmと、後の平城京、平安京を凌ぐほどである。


地道な発掘調査

奈良文化財研究所内の出土品展示室

コスモスと香具山をバックに(藤原宮跡内)
藤原京は694年から710年までの僅か16年の短命の都である。飛鳥京とは異なり、天皇の譲位、即位にこだわらず、永久の都として造営されたにもかかわらず、何故平城京へ遷都してしまったのか、まだ謎のままである。皆さんはどう思われますか。

藤原宮跡から畝傍山を望む
企画担当 :山崎邦男

(注)本ページの文面は山崎様資料から引用、写真は三戸様、荘司様から提供いただきました。なお詳細は2005.7山崎邦男氏発表資料「藤原京発掘に学ぶ」をご覧ください。

前のページへ     ◇環境科トップに戻る     ◇次のページへ